名古屋高等裁判所 昭和62年(ラ)50号 決定 1987年6月23日
抗告人
鈴将鋼材株式会社
右代表者代表取締役
鈴木将平
右代理人弁護士
水口敞
同
佐脇敦子
同
中村伸子
債務者
破産者愛産鋼材株式会社破産管財人
野尻力
第三債務者
加藤工業株式会社
右代表者代表取締役
水谷勇
第三債務者
株式会社成広製作
右代表者代表取締役
阪上廣雄
第三債務者
株式会社西藤機械製作所
右代表者代表取締役
西脇巌
第三債務者
三和機械工業株式会社
右代表者代表取締役
村瀬治美
第三債務者
大須加鉄工所こと
大須賀儀平
主文
原決定を取消す。
本件を名古屋地方裁判所に差戻す。
理由
一抗告人は「原決定を取消す。抗告人の債務者に対する原決定の別紙請求債権目録記載の債権の弁済に充てるため、原決定の担保権目録記載の動産売買の先取特権(物上代位)にもとづき債務者が第三債務者に対して有する原決定の別紙被差押債権目録記載の債権を差押える。支払に代えて券面額で右により差押えられた債権を抗告人に転付する。」との裁判を求める旨申立て、その抗告の理由は別紙のとおりである。
二当裁判所の判断
1 本件記録によれば、抗告人は破産者愛産鋼材株式会社に原決定の別紙一覧表記載のとおり商品(以下本件商品という。)を売却したところ、破産会社は右商品の代金を未払のまま、原決定添付の被差押債権目録別紙一覧表記載のとおり本件商品を第三債務者に売却したので、抗告人の破産会社に対する売買代金債権を被担保債権として破産会社の第三債務者に対する売買代金債権について動産売買の売主の先取特権にもとづく物上代位権の行使として昭和六二年四月一五日原裁判所に本件債権差押及び転付命令の申立に及んだものであること、破産会社は昭和六二年三月一六日午前一〇時に名古屋地方裁判所において破産宣告を受け、破産管財人が選任されて債務者となつたこと、抗告人は原裁判所に対し、本件各取引につき、受注先が破産会社、出荷先が第三債務者との記載のある抗告人宛の各荷物受取書(これらのうち、その殆どのものについて、その受領印欄に破産会社の担当者の受領のサインがあるか、又は、第三債務者に直送されたものについては、例えば第三債務者株式会社成広製作に直送されたものについては、その関係で、その受領印欄に右第三債務者自身の押印がある。)、破産会社において本件商品を第三債務者に売却してその代金を請求する旨の破産会社作成名義の各請求明細書、抗告人の破産会社に対する各請求書(控)、抗告人の営業部の職員鈴木康司作成の本件商品を破産会社に抗告人が売却した旨等及びこの取引についての説明、報告を記載した報告書を提出したこと、これに対して原裁判所は、民事執行法一九三条一項のいう「担保権の存在を証する文書」につき、同法一八一条一項一号ないし三号、同法一八二条との対比、同法の立法の経緯、先取特権の実効性の維持、債務者の保護などの諸点を勘案した上、右文書は、公文書であることを要せず、私文書でもよいし、一通の文書によらず、複数の文書であつてもよいが、それによつて債務者に対する担保権の存在が高度の蓋然性をもつて証明されることを要すると解するのが相当であるとし、結局本件においては破産宣告前に破産会社自身が作成し、または作成に関与した抗告人と破産会社間の本件商品の売買を証明する文書は存在しておらず、前記荷物受取書についても破産宣告前の破産会社の会社印が押捺された文書ではないから、前記の抗告人の担保権の存在を高度の蓋然性をもつて証明する文書とはいえず、ひつきよう、本件において担保証明文書の提出がないとして抗告人の本件申立を却下する決定をしたこと、以上が明らかである。
2 案ずるに、民事執行法一九三条一項による動産売買先取特権にもとづく物上代位権を行使するには、債権者債務者間の動産の売買がなされたこと、債務者の第三債務者に対するこれの転売がなされたことを債権者は文書によつて証明することを要するが、右の証明文書は、同法一八一条一項一号ないし三号に定められているような公文書であることを要する旨の規定はないのであつて、同条一項四号の文書と同じく、複数の文書を総合して裁判所の自由心証によつて担保権の存在が認定できる文書をもつて足るものと解するのが相当である。
そして、本件において、抗告人と破産会社との間の商品売買について破産会社が作成ないし作成に関与した文書、すなわち破産会社の記名押印等のある売買基本契約書とか注文書とかが存しないことは原審の説示するとおりである。
しかしながら、現在の商品取引社会においては、売買契約書、注文書などの書面を省略して売買契約をする商品取引が多く存在することは当裁判所に顕著である。したがつてこのような書面の提出がないことの一事をもつて、このことを理由として債権者の物上代位権の行使を拒否することは、右の取引社会の実情にそぐわないきらいがある。
そして民法の認めている動産売買の売主の先取特権の行使が手続上不当に制限されることのないよう留意すべきであることは当然であるし、また、債務者保護の点については、物上代位権の行使としての差押命令等に対して債務者は執行抗告をすることができ、この簡易な手続の中で、債務者は必要とあらば、担保権の不存在とか消滅とかを争うこともできるし、反面債権者保護の点については、債務者は容易に転売代金債権を処分できる立場にあるのが通常であり、これらの各点を考慮すれば、前記のように抗告人の本件申立のような申立につき債務者が作成に関与した文書の提出を常に要求することは債権者にとつて酷にすぎ、かつ取引の実情にもそぐわないというべきである。
これを本件についてみるに抗告人が提出した前記各文書を総合して判断すれば、本件担保権の存在すなわち抗告人が破産会社に本件商品を売渡したこと及び破産会社が第三債務者に右商品を転売したことが優に認められるというべきである。
3 以上の次第で、抗告人の本件申立を右の理由で却下した原決定はこの点ですでに不当であつて本件抗告は理由があり、原決定は取消を免れない。
ところで、本件のような事案につき抗告裁判所たる裁判所が自ら債権差押命令等を発するときは、これに対する債務者からの再抗告が認められていない関係で債務者の不服申立の機会を不当に奪う結果となるおそれなしとしない。
よつて、原決定を取消したうえ、執行裁判所たる原審をしてこの決定の趣旨に従い、さらに審理をつくさせるため本件を原裁判所に差戻すことにする。
よつて、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官海老塚和衛 裁判官高橋爽一郎 裁判官野田武明)
別紙 抗告理由書
一 原決定は、債権差押・転付命令却下の理由として、抗告人の提出した(1)請求書(控)、(2)荷物受取書、(3)請求明細書、(4)報告書の中には、破産宣告前の債務者自身が作成し、または作成に関与した債権者・債務者(破産宣告前)間の売買を証明する文書(例えば、基本契約書、注文書など)は存在せず、(2)の荷物受取書についても、破産宣告前の債務者の会社印があるわけではないから、高度の蓋然性を有する文書とはいいがたいと認定している。
しかしながら、この認定は、事実を誤認し、民事執行法一九三条一項に規定する担保権の存在を証する文書の解釈を誤まるものである。以下その理由を述べる。
1 民事執行法一九三条一項に規定する担保権の存在を証する文書は、いわゆる債務名義に準ずる性質を有する文書である必要はない。担保権の存在を証する文書は、いわば書証であり、これらの複数の文書による総合的な認定によつて担保権の存在が証明されれば足りるものである。
かかる考え方からすれば、商品が抗告人から債務者に売却され、その商品が第三債務者に転売された事実が文書によつて証明される限りその文書は債務者が関与して作成されたものかどうかに拘泥する必要は全くない。
この点は、現行の先取特権に基づく物上代位制度及びそれを実現するための民事執行法の仕組みからも十分是認することができる。
すなわち、現行の民事執行法における担保権の実行では債務名義を要求しないのであり、債務者は執行抗告を提起して担保権の不存在・消滅を争うことができる。とくに物上代位に基づく債権差押命令については、つぎの点を考慮する必要がある。つまり現時の売買取引においてはいわゆるペーパーレスの取引が普通であり、売買契約書、注文書等を省略するものがきわめて多い。他方において債務者は転売代金をいつでも処分しもしくは弁済を受けて消滅させることのできる立場にあり、債権者はかかる処分もしくは消滅の前の差押(転付)命令を求める必要がある。
以上のような実情に鑑みれば、担保権を証する文書の解釈にあたつては執行抗告の機能を計算に入れた上で、差押・転付命令が出せる程度に担保権の証明があるといえるか否かを判断すべきであり、しかるときは担保実行の開始にさいし、債務者の作成した、あるいは債務者が関与して作成した文書があるか否かによつて差押・転付命令の可否を左右する理由は全くないと考えられるのである。
2 以上の考え方に従つて本件を考えると、確かに本件において債務者の署名押印(この押印につき原決定は債務者の会社印に限定するようである)のある文書は存しない。
しかしながら前記(1)請求書(控)、(2)荷物受取書、(3)請求明細書、(4)報告書を総合して認定すれば、抗告人から債務者への売買の事実及び債務者から第三債務者への転売の事実は優に認定することができる。
まず、(1)請求書(控)は、抗告人において、経常的に作成される帳簿に相当するものであり、それ自体きわめて証明力の高いものである。ことに本件においては継続的に三二〇件にのぼる売買を計上してあり、この件数を考えあわせると偽造、変造等の可能性は全くないものである。
また(2)荷物受取書の作成名義は文書自体の示すとおり債務者である。ただ、取引の実情からいつて、かかる文書に債務者の署名・押印を求めることはそもそも無理であり、現場の担当者がいわば債務者により権限を与えられたものとして受領のサインをなすのが通常である。従つて、かかる文書であつても、担保権を証する文書として十分である。
さらに(3)請求明細書であるが、これはまさに債務者作成の文書であり、直接には債務者と第三債務者との間の転売の事実を示すものである。しかも、転売の日時、商品の内容(サイズ、重さ、数量等)は、(1)請求書(控)、(2)荷物受取書による抗告人と債務者との間の売買の日時等と、一致している。従つて(3)請求明細書もまた間接的には、抗告人・債務者間の売買の事実を補強して証明するものである。ことに本件のようにこれだけ多数回に亘る売買と転売がたまたま一致するという偶然はありえることではなく、債務者が抗告人以外の第三者から買い受けたものを転売したとはとうてい考えられないところである。
また、(4)報告書は本件申立に際し債権者側で作成した文書であるが、かかる文書であつても事後的に作成されたことのみを理由に担保権の存在を証する文書に該らないとする理由は存しない。担保権の証明は、担保権の存在を証する文書という書証を総合して裁判官の自由な心証により認定されるものであるから事後的に作成された文書も、書証の一つになるべきものである。
二 以上によれば、抗告人提出の各文書を総合すれば、担保権の存在の証明は十分であると考える。